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東京地方裁判所 平成7年(刑わ)886号 判決

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、宗教法人オウム真理教(以下「教団」とする。)に所属していた者であるが、教団所属のA、B及びCと共謀の上、被告人の長女D子(当時一九歳)をその意思に反してでも教団施設に連行しようと企て、平成七年二月四日午後一〇時ころ、東京都三鷹市下連雀三丁目四四番一号付近路上において、同所を歩行中のD子に対し、Bにおいて、その運転する普通乗用自動車を接近させるや、右自動車から下車したAにおいて、D子の背後から両腕ごと抱きかかえ、同じくCにおいて、その両手をつかんで押さえ、Bにおいて、逃げようとするD子の動きに合わせて右自動車を移動させ、車内にいた被告人において、D子の両手をつかんで引っ張る等の暴行を加えるなどしてD子を無理やり右自動車の後部座席に乗せて逮捕した上、Bにおいて、直ちに右自動車を発進させ、同月五日午前零時ころ、山梨県西八代郡《番地略》所在の第六サティアンと称する教団施設まで疾走させ、その間、同女を同車内から脱出することを不可能にして監禁するとともに、引き続き、同月一八日までの間、右第六サティアン及び周辺の教団施設において、被告人が電話交換手をしてD子から同施設外への電話連絡を阻ませるなどして同女を監視し、もって、同女が右教団施設内から脱出することを不可能にして監禁した。

(証拠の標目)《略》

(事実認定の補足説明)

第一  弁護人の主張等

弁護人は、〈1〉D子を本件のように強引に自動車に乗車させて教団施設に連行することにつき、事前共謀はなかった、〈2〉自動車内及び教団施設内においても、D子が逃走しようと思えばできる状態にあったのであり、終始監禁が継続していたといえるか疑問があると主張し、被告人も当公判廷において、概ねこれにそう供述をしている。

第二  当裁判所の判断

一  D子を強引に本件自動車内に乗せて教団施設に連行した行為の事前共謀について

関係各証拠によれば、〈1〉平成七年一月二六日、被告人、A、Bは、D子のマンションへ赴き教団に戻るよう説得した際、被告人は、D子から教団施設に行くことを明確に拒絶されたこと、〈2〉その後、被告人やBが、D子のマンションに電話をしていたが、全く連絡がつかなかったこと、〈3〉同年二月三日、被告人、A、B、CがD子のマンションに行き、インターホンを鳴らすなどしたが、応答がなく、しばらく待っていたものの、D子がいるかどうかはっきりしなかったため、その日は弟のEを連れ帰ることにし、Eが通学していた小学校からEを監護していた祖父らの制止を振り切って強引にEを連れ帰ったこと、〈4〉Eを乗せて教団施設へ戻る途中、EからD子が宿泊しているホテルを聞き出すや、被告人がBらにD子を連れ戻すために再度東京に戻るように依頼し、Bらもこれを了承した上、教団施設にEを預けた後、同日深夜であったにもかかわらず、直ちに東京に戻っていること、〈5〉D子が宿泊しているホテルに到着後、長時間同ホテルのレストランなどで待機しているが、その間、D子の部屋を訪問することもなく、説得のための行動を起こしていないほか、本件逮捕行為の前にも全く説得の行動をすることなくいきなり暴行に及んでいること、〈6〉本件逮捕行為は、罪となるべき事実記載のとおり、各共犯者の巧みな連携により迅速に敢行されたこと、以上の各事実が認められる。

以上のような本件犯行に至る経緯や犯行態様等からすると、被告人らの間には、遅くとも二月三日Eを教団施設に連れ帰り、さらにD子を連れ戻すために東京に向かう時点においては、D子を説得して連れ帰るのは困難であるとの共通の認識が存在し、D子の意思に反してでも教団施設へ連れ帰ることについて共謀が成立していたものと認められる。

二  自動車内及び教団施設内での監禁について

関係各証拠によれば、〈1〉D子は罪となるべき事実記載のとおり、強引な方法で本件自動車に乗せられた上、後部座席で被告人とA又はCとの間に挟まれたまま、教団施設まで連行されたこと、〈2〉教団施設に向かう途中、コンビニエンスストアに寄ってジュースを購入した際にも、D子は後部座席で、両端を被告人らに挟まれているなど周囲に助けを求められる状況にはなかったこと、〈3〉D子が留め置かれた中心的施設である第六サティアンの一階入口には、人の出入りを監視する教団信者が、同施設二階には、修行班の監督や治療省の看護婦らが、同施設とその西側を通る道路との境二か所に設置された小屋にも人の出入りを監視する教団信者が昼夜を問わずいること、〈4〉被告人は、第六サティアンに到着後、D子の荷物を取りに東京に戻る際、D子を同施設二階の小部屋に入れ、施錠した上、同施設一階入口受付の担当者に対し、D子が逃げないように監視を依頼するとともに、電話交換手に対しても、D子の外線電話の依頼を取り次がないように頼んだこと、〈5〉被告人は、D子が同施設の外に出ることを強く禁止した上、D子が第六サティアンの外に出る場合には、絶えず行動を共にしていたこと、〈6〉同月一八日東京都港区南青山の教団東京総本部道場付近でD子が逃走を試みた際、同行していた教団信者が転倒したD子に馬乗りになり、被告人も大声を出すなどしてD子の逃走を阻止しようとしたこと等の事実が認められる。

以上の事実からすると、被告人らが本件自動車及び教団施設内において、D子をその意思に反して継続的にその場に留め置いていたことは明白であり、罪となるべき事実記載の期間につき監禁罪が成立する。

(法令の適用)

罰条 包括して平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により同法による改正前の刑法(以下「改正前の刑法」という。)六〇条、二二〇条一項

未決勾留日数の算入 改正前の刑法二一条

刑の執行猶予 改正前の刑法二五条一項

(弁護人の主張に対する判断)

第一  弁護人の主張

弁護人は、〈1〉本件は、親権者である被告人が、未成年の娘D子を不良な生活環境から引き離そうとして実行したものであり、多少の有形力の行使を伴ったとしても、正当な親権の行使として違法性が阻却される、〈2〉被告人は、本件犯行当時、教団教祖FことGの平成七年一一月に日本に地震が起こるとの予言を信じていたため、D子の生命に対する現在の危難を誤信し、それを避けようとして本件行為に及んだものであるから、いわゆる誤想避難として故意が阻却されると主張している。

第二  当裁判所の判断

一  正当な親権の行使であるとの主張について

関係各証拠によれば、〈1〉D子は、本件被害当時、約一九歳九か月と成年に近い年齢であった上、保母になるための学費を蓄えようとして、吉祥寺のクラブでホステスとして働いていたというものであり、弁護人の主張する非行事実は、過去にあったものか単なる被告人の推測にすぎないこと、〈2〉教団施設は、一般社会から隔絶された劣悪な環境であり、未成年者の健全な育成にとって決して好ましい施設でないこと、〈3〉被告人は、本件犯行当時、本人の意思に反してでも教団施設で修行させることが本人のためになるという教団特有の教義や一一月に地震が起こるという予言を信じていた結果、親権者として有すべき健全な判断能力を欠如しており、右〈1〉のようなD子の本件被害当時の生活状況や〈2〉のような教団施設の環境について十分な理解、理性的な判断を欠いた状態で本件犯行に及んでいること、〈4〉本件犯行の手段は、判示のとおり複数の教団信者が暴行を加えて強引に教団施設に連行した上、教団施設内では、外部との連絡を遮断し、絶えずその行動を監視したという悪質なものであることなどの事実が認められる。

以上の事情からすると、被告人の本件行為は、正当な親権の行使とはいえず、違法性は阻却されない。

二  いわゆる誤想避難の主張について

関係各証拠によれば、被告人は、平成七年一一月に地震が起こるとの教団教祖の予言を信じており、教団が地震を避けるためいつ信者を海外へ脱出させるかもしれないと考え、その際、D子を日本に残していくことのないようにD子を手元に置いておきたいとの思いもあって本件犯行に及んだことが認められるが、このような荒唐むけいな予言を信じて、将来地震が起こるとの主観的予測を持ったからといって、危難を誤想したとは言えず、いわゆる誤想避難として故意が阻却される場合に該当しない。よって、被告人に本件犯行の故意として欠けるところはない。

(量刑の理由)

本件は、オウム真理教信者であった被告人が、その長女を、教団信者数名と共謀の上暴行を加えて自動車に乗せて教団施設に連行した上、約二週間にわたり監視下に置き、監禁したという事案である。

本件は、被告人が、本人の意思に反してでも教団施設で修行させることが本人のためになるという教団特有の教義や、平成七年一一月に日本に地震が起こるという教団教祖の予言を信じる余り、二〇歳間近で、その自由な意思決定が尊重されるべき年齢にある娘の意思を無視して強行されたもので、独善的かつ短絡的な犯行である。その犯行態様を見ると、逮捕については、弟から被害者の所在を聞き出した上、被害者が当時投宿していたホテルのレストラン等で被害者がホテルから出てくるのを待ち、被害者がホテルから出てくるのを発見するや、人通りの多い三鷹駅前繁華街において、被害者に対し、二人の男性信者が背後から抱きかかえ、腕を引っ張るなどの暴行を加え、無理やり自動車に乗せてらちするという大胆かつ強引なものであり、また、監禁についても、被告人が教団施設内の信者に娘の監視や娘からの外線電話を取り次がないよう依頼するとともに、娘と行動を共にして脱出を困難にしながら、約二週間と比較的長期にわたり監禁したものである上、もし関係者の機転により救出されなければ、さらに長期の監禁が継続された可能性があったもので、悪質である。被害者は、本件犯行の約一週間前、被害者を教団施設に連れ戻すため説得に訪れた被告人らに対し、教団施設に戻る意思はないと明確に伝えるとともに、父親らの協力を得て、被告人を含む教団信者から身を隠すためホテルに隠れるなどの生活を送っていたところ、突然、実母である被告人らにより強制的に教団施設に連行され、さらにその意思に反して劣悪な生活環境の教団施設内での生活を強制されたものであり、本件犯行により、被害者が被った精神的、肉体的苦痛は甚大である。ことに、本件犯行後、苦悩の末実の母親を告訴せざるを得なかった被害者の心痛は察するに余りある。

これらの事情に加え、被告人がBら共犯者に娘の連れ戻しを依頼した結果、他の共犯者らを本件犯行に引き込んだことなどを併せ考慮すると、被告人の刑事責任は重い。

しかし、被告人は、中学三年のころに生活態度が乱れ出した娘のことや夫との不和、身体の不調等で悩みを抱え、それらの悩みを聞いてくれる教団信者を次第に信頼するようになり、平成六年七月娘を残して出家し、教団施設で生活を続ける中でも、東京に残した娘の将来についての心配が絶えず、教団の終末論にもあおられて娘を何とか手元に置きたいと思い詰め、親しい教団信者に助力を頼み本件犯行に及んだものである。このような経過に照らすと、本件犯行を犯すに至ったのは、被告人の考え方に教団の教義等により歪められた点があったからであることは否定できないものの、娘を心配する母親としての心情が何といっても大きいのであり、娘を教団の広告塔的存在にしようとする教団上層部の意向に積極的に協力するため犯したものであるとまで断定することはできない。そのほか、被害者である娘は、現在では被告人の処罰を求めておらず、被告人が教団から脱会して一日も早く社会に復帰し、再度親子仲良く暮らすことを希望していること、被告人は、教団の実態を知るようになって、本件犯行を反省し、教団を脱会していること、被告人の知人らが側面からの援助を惜しまないと述べていること、本件で相当期間身柄を拘束された上、前科がないことなど被告人のために酌むべき事情もある。

そこで、これら一切の事情を考慮した上、主文の刑を科し、その刑の執行を猶予するのが相当と判断した。

(求刑 懲役二年)

(裁判長裁判官 三上英昭 裁判官 藤井敏明 裁判官 藤沢孝彦)

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